● 暦、行事、風俗(伝統文化)

2017年11月 2日 (木)

西国三十三所、観音さまの慈悲に出会う旅、日本最古の巡礼の道、とは(2017.11.2)

 日本最古の巡礼の道とされる西国三十三所は来年、開創1300年を迎える。京都や奈良など、近畿地方を中心に、2府5県にまたがり、道のり1千キロ、33寺院観音さま観世音菩薩)がまつられた霊場である。 

  33の数は、観音経(法華経の一章)に説かれる、観音さまが、聖観音や十一面観音、千手観音など、33の姿に身を変え、悩み苦しむ人々の声を聞き、求めに応じて、救いの手をさしのべてくれる!

 順序は、平安時代、1150年(久安6年)の長谷僧正(参詣次第)、1161年(応保元年)の覚忠(三十三所巡礼紀)等に見られる。 和歌山県の那智の青岸渡寺を第1番とし、岐阜県の谷汲山の第33番の華厳寺を納めとする

 平安中期ごろ、花山上皇が、宝印(ほういん、寺社の護符や納経帳などに押印する宝珠形の印鑑)を掘り出し、地獄に落ちないように自ら巡拝し、三十三所を再興したと伝わる。平安後期には天皇や公家が巡るようになり、鎌倉時代から室町時代にかけ徐々に庶民にも広まった

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西国三十三所の観音菩薩巡礼(第1番 青岸渡寺~第33番 華厳寺)、1番 如意輪観音御前立、6番 十一面千手千眼観音、13番 如意輪観音御前立、18番 如意輪観音御前立、25番 千手観音、29番 馬頭観音御前立、西国三十三所草創1300年記念の「特別印」

〇 西国三十三所(さいごくさんじゅうさんしょ)

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第1番 那智山 青岸渡寺(せいがんとじ、天台宗、本尊は如意輪観世音菩薩)、http://www.saikoku33.gr.jp/place/1、もと那智の滝を中心にした、神仏習合の一大修験道場であったが、明治初期に青岸渡寺と那智大社に分離した。

和歌山県 1 青岸渡寺 2 紀三井寺(金剛宝寺) 3 粉河(こかわ)寺

大阪府 4 施福寺(槙尾寺) 5 葛(藤)井寺(剛琳寺)

奈良県 6  壺阪寺(南法華寺) 7 岡寺(竜蓋寺) 8 長谷寺(初瀬寺)

      9 興福寺南円堂

京都府 10 三室戸寺 11 上醍醐寺

滋賀県 12 正法(しょうぼう)寺(岩間寺) 13 石山寺 14 三井寺(園城寺)

京都府 15 観音寺(今熊野) 16 清水(きよみず)寺 17 六波羅密寺 

      18 頂法寺(六角堂) 19 行願寺(革堂) 20 善峰(よしみね)寺

      21 穴太(あのう)寺

大阪府 22 総持寺 23 勝尾(かつお)寺

兵庫県 24 中山寺 25 清水寺 26 一乗寺 27 円教寺

京都府 28 成相(なりあい)寺 29 松尾(まつお)寺

滋賀県 30 宝厳(ほうごん)寺 31 長命寺 32 観音正寺

岐阜県 33 華厳寺

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第33番 谷汲山 華厳寺(けごんじ、天台宗、本尊は十一面観世音菩薩) 、http://www.saikoku33.gr.jp/place/33、広い境内には、巡礼の満願・結願の地として、厳かな雰囲気がある。

(解説) 四国八十八ヵ所は、山岳信仰などに由来し、海辺や山中で苦行する道、辺路(へじ)が遍路(へんろ)になったとされる。同行二人(どうぎょうににん)といい、弘法大師と共に歩く。

 西国三十三所は、観音さまの慈悲を授かる巡礼で、遍路とは呼ばない。極楽浄土にいる阿弥陀如来と違い、観音さまはあえて浄土には行かない。現世で苦しむ人々を幸せにしようと誓いをたて、33の姿に身を変え、人々を救ってくれる。33とは、無限を意味し、あらゆる姿に身を変えて人々を救ってくれる!

 竹生島宝厳寺(ちくぶじまほうごんじ、滋賀県長浜市)の峰覚雄管主(かくゆうかんしゅ、住職)は、「観音さまは、正式には観世音菩薩。世の音を目で見るのではなく、苦しむ人の声なき声を心で観(み)る」、「心の豊かさがおろそかになった今こそ、観音さまの寺をお参りし、心の奥底に眠る心理を再発見してほしい」、と言う(朝日新聞:文化の扉、西国三十三所 慈悲の旅、2017.10.29)

(Link)

 〇 松尾芭蕉(奥の細道、那谷寺)にまつわる歴史紀行、石山の石より白し秋の風、この句の中の石は那谷寺(加賀)の石、それとも石山寺(近江)の石なのか、とは(2009.9.7): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/200997-2429.html 

 〇  空海(弘法大師)の仏道修行と霊場の謎、大龍嶽(21番札所、大龍寺、德島)、御厨人窟(24番札所、最御崎寺、高知)、高野山(奥の院、金剛峯寺、和歌山)、四国遍路の歴史、とは(2009.6.15): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-b794-2.html

 

        

      

2017年3月13日 (月)

お水取り(3月12日)、特大の籠松明、東大寺二月堂修二会(奈良)、とは(2017.3.13)

 東大寺二月堂修二会(奈良)のお水取りは、3月(もとは陰暦2月)12日深夜(13日の午前2時半頃)に行われました。この日だけは、午後7時半頃、特大の11本の籠松明(長さ約8メートル、重さ60~70キロ)が使われました。

〇 お水取り

籠松明(かごたいまつ)、これは、3月1日に本行入りした練行衆(僧侶)を二月堂に導くために、童子が担ぎ、毎夜上がる「お松明」のうち最大で、火の粉が降り注ぐと、集まった約2万1000人の参拝者からどよめきが起こりました。 YouTube(SankeiNews、産経新聞): https://youtu.be/RQvRm6AHkyI2017.3.12

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修二会の絵巻草創説話と二月堂にまつわる説話、亮順りょうじゅん)という画工(がこう)詞書ことばがき)後奈良天皇をはじめとする四人の貴顕きけん)寄合、室町時代、1545年(天文14年)、東大寺、奈良、奈良国立博物館蔵、google画像)  

 お水取り、東大寺二月堂縁起絵巻、上巻、 修二会(しゅにえ)の創始から二月堂観音の利益(りやく)までの説話を表した絵巻。 奈良国立博物館蔵(奈良市登大路町)

 下方の絵は、本尊の十一面観音に供える香水(こうずい)が湧き出た場面です。画面下の岩から白黒2羽の鵜(う)が飛び出し、そこから香水が湧き出しました。現在の閼伽井屋
(あかいや)はその場所で、この香水を汲むことから修二会は「お水取り」とも呼ばれています。

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閼伽井屋、霊水の湧く「若狭井」の覆屋で、閼伽井屋の屋根の四隅には、故事に登場する「白と黒の二羽の鵜」に倣い、鵜の形をした瓦が配してあります。また、その右上に、興成神社が鎮座しています。鵜を祀ったのが、この興成神社と言われています。さらに右上東大寺二月堂があります。(Google画像:ttp://blog.goo.ne.jp/fineblue7966/e/2951df211a184186ec631b9249026845

お水取り、 東大寺二月堂下、閼伽井屋(若狭井)からお香水を汲み上げる! YouTube(朝日新聞社)https://youtu.be/KfShxCxxTg8、2016.3.12夜

 この儀式では、呪師(じゅし、役僧)、練行衆(れんぎょうしゅう、僧侶)が、二月堂前にある若狭井(わかさい)の水を汲み、加持し、お香水(こうずい)として、ご本尊の十一面観音菩薩(ぼさつ)に供えました。この水は、二月堂との間を3往復して運ばれ、また、参詣者にも分けられ、これを頂くと無病息災の霊験があると信じられています。

 なお、閼伽井屋の中には、練行衆の中でも咒師(しゅし)と呼ばれる役職者と、汲み上げの補助をする堂童子、庄駈士(しょうのくし)だけしか入れません。 また、そこには明かりがなく真っ暗な状態であり、水汲みが手探りで行われるのもいっそう神秘さを増しています。 

〇 修二会

  奈良市の東大寺二月堂で3月1日、「お水取り」の名で知られる伝統の仏教修行「修二会(しゅにえ)」の本行が始まりました。

修二会、東大寺二月堂、火の粉を散らし燃え上がるたいまつの炎! YouTube(KYODO NEWS、共同通信社)、 https://youtu.be/ruAKnIvFN60、2017.3.1.夜 

 奈良市の東大寺二月堂で3月1日、「お水取り」の名で知られる仏教修行「修二会(しゅにえ)」の本行が始まりました。「錬行衆(れんぎょうしゅう)」と呼ばれる僧侶を導くたいまつが登場しました。たいまつが二月堂の舞台をめぐり、お堂から火の粉が降り注ぎ、参拝客が歓声をあげました。この火の粉を体に浴びると、無病息災になるという。    

 大仏開眼の752年から途切れることなく続き、1266回目。11人の練行衆が板に体を打ち付ける「五体投地」など1日6回の修行を、15日未明の満行まで続けます。「修二会」は人々がおかした罪を悔い、世界平和や生きとし生けるものの幸せを祈る法会です。

 毎晩7時(12日は7時半、14日は6時半)から堂に上がります。午後7時、世話役の「童子」が担ぐ長さ約6m、重さ約40㎏のたいまつを頼りに練行衆が二月堂に入りました。地元では「お水取りが終わるまでは暖かくならない」と言われ、古都奈良に春の訪れを告げる風物詩となっています。

 奈良地方では、お水取りがすめば春がくる、と語り継がれ、古都に春の訪れを告げる風物詩になっています。   また、寒さ暑さもお水取とも、この日からは、日一日と暖かくなるという。

  私は、1968年(昭和43年)3月12日、お水取りを見るため、京都大学、銀閣寺近くの下宿先から奈良まで電車で行き、東大寺二月堂にお参りしたことがあります。  が、お水取りの本番の行事が夜遅くなりそうなので、途中で引き上げたことを覚えています。

(Link)

 〇 お水取り(3月12日)、東大寺修二会行事(3月1日~15日)、古都、奈良に春の訪れを告げる風物詩、とは(2016.3.16): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/2016315-3450.html

 〇 春、弥生(やよい、3月、旧暦2月)、東大寺修二会(本行、3月1日~満行、14日、おたいまつ)、お水送り(3月2日、若狭神宮寺)とお水取り(3月12日、奈良東大寺)、とは(2011.3.1): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-e90f-1.html

2017年3月 9日 (木)

蟇目(ひきめ)の儀、如月祭(3月6日)、重蔵神社(輪島、石川県)、除魔神事(1月5日)、鶴岡八幡宮(鎌倉、神奈川県)、とは (2017.3.9)

 地域や氏子の繁栄を祈る、輪島(石川県)の重蔵神社に伝わる、如月(きさらぎ)祭の神事の一つ、蟇目(ひきめ)式が6日、同市河井町の当屋(当番宅)前で営まれました。

 能登重矩(のとしげのり)宮司が、輪島塗の台から弓と矢を手にし、東西南北の空に向け、矢を射るしぐさで邪気を払い、北北西(恵方)に矢を放ちました。そして、一年間の無病息災と五穀豊穣を祈りました。

 蟇目(ひきめ)の儀は、弓で鏑矢(かぶらや)を放ち邪気を払う神事です。矢には、蟇(ひきがえる)の目に似た数個の穴があり、矢が空中を飛ぶ時、「ヒュ-」という音を発するので、悪霊の妖魔を降伏させるという。

 鎌倉(神奈川県)の鶴岡八幡宮では1月5日、蟇目の儀、除魔神事が行われました。矢には古来より魔を退ける力があるとされ、「破魔矢」も、このような信仰と伝統に基づくものです。 

〇 如月祭

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重蔵神社(輪島市、石川県)、蟇目式、空に向けて矢を射るしぐさをして、邪気払いをする! (北陸中日新聞) 2017.3.7 

〇 除魔神事

 鎌倉の鶴岡八幡宮では、1月5日、除魔神事が行われました。源頼朝が幕府において「御的始」「御弓始」と称して行った武家の事始めに由来しています。 

 

鶴岡八幡宮(鎌倉市、神奈川県)、除魔神事 、(YouTube, Hidehito Okado): https://youtu.be/svoHIig91BM 、矢が放たれると「ヒュー」という音が発せられ、その音が魔性を退散させる!  2017.1.5  

 鶴岡八幡宮の舞殿で神職による祭儀が行われた後、小笠原弓馬術礼法・鎌倉古式弓道保存会の方々のご奉仕により神事が執り行われました。 

(Link)

 〇 蟇目(ひきめ)の神事(3月6日)、,東西南北の空に向けて矢を射るしぐさをして邪気を払い、恵方とされる東南に矢を放つ、重蔵神社(輪島、石川県)、とは(2016.3.8):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/201638-b15d.html

 〇 蟇目(ひきめ)の神事、鏑矢(かぶらや)が空中で音を発して飛び悪霊を退散させる! 二荒山神社(栃木県日光市)、若宮八幡宮(石川県白山市)、とは(2013.4.26):
http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-a426.html

2017年3月 4日 (土)

お水送り(3月2日)、若狭神宮寺修二会、東大寺に清水を送る遠敷川でのお香水流し(2017.3.4)

  春の訪れを告げる、東大寺修二会、二月堂(奈良県)の「お水取り」(3月12日)の前に、若狭地方から東大寺に清水を送る伝統行事、若狭神宮寺修二会、「お水送り」が3月2日夜、若狭神宮寺と遠敷川(福井県小浜市)で執り行われました。

 この水は地下を抜け、10日かけて東大寺二月堂の「若狭井」に湧き出るとされています。
 修二会は人々が犯した罪を悔い、世界平和や生きとし生けるものの幸せを祈る法会で、大仏開眼と同じ752年(天平感宝、天平勝宝4年)に始まり、今年で1266回目を迎えました。
                                              (朝日新聞、DIGITAL、2017.3.4)

 私は、2006年(平成18年)8月28日、マイカーで金沢から奈良二月堂へお水送りの寺、若狭神宮寺に行き、お参りし、そこの住職さんにいろんなことをお尋ねし、ご教示いただいたことがあります。

〇 お水送り

お水送り、若狭神宮寺修二会、福井県小浜市、YouTube(玉川きよし):https://youtu.be/Dw44nizU6nE2017.3.2

〇 若狭神宮寺(天台宗、お水送りの寺、神仏混交、小浜市):http://www.eonet.ne.jp/~etizenkikou/jinguuji.htm

 お水送りの源水は、若狭神宮寺境内のお香水(湧き水、閼伽水)を汲み上げ、竹筒に入れて鵜の瀬まで持ち運び、その前を流れる遠敷川に放水する習わしとなっています。

(Link)

 〇 お水送り(3月2日)、若狭神宮寺修二会、東大寺に清水を送る遠敷川での
お香水流し(2016.3.4):
http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/32-201634-ec82.html

2017年2月 6日 (月)

春の訪れ 節分祭(2月3日)、立春(2月4日)、石浦神社(本多町、金沢市)の節分前夜祭と豆まき、とは(2017.2.7)

 立春(2月4日)は、冬と春の分岐点で、その前夜に行われる祭儀は、節分祭(2月3日)と
言われています。この日の夜、古代中国から伝来した、悪鬼を追い払う追儺(ついな、鬼やらいとも)が行われます。宮廷の追儺においては、(邪鬼、人々に禍をもたらすとされた!)が追われることによって、禍を内から外に祓うことを象徴的に演じ、のち節分の豆まきへとつながりました。

 かっては、追儺会(つなえ)に五穀(米、麦、粟、豆、黍または稗)そのものを使っていました。が、いつしか、ダイズ(大豆)は、米作民族の間で、神秘な力をもつと考えられ、生命力の象徴となり、室町時代から庶民へ広がっていったという。

 節分前夜祭として、2017年2月2日、兼六園下の石浦神社(本多町、金沢市)で、桃の枝を飾り付けた弓と葦(あし)の矢で鬼を追い払う、追儺(ついな)の儀、が執り行われ、長谷吉憲宮司が鬼役の神職に矢を放つしぐさをしました。

  続いて、大黒様を付けた神職と裃(かみしも)姿の谷本正憲知事ら年男5人が、「福は内、鬼は外」と声を上げながら、大豆や五色豆を勢いよくまき、拝殿を埋めた氏子や家族連れら約350人が福を招くとされる豆を拾い集め、一年無病息災を願いました。

 この日、石川県内は冬型の気圧配置となり、曇りや雪となりました。最高気温は金沢4.2℃、輪島4.0℃度など、各観測地点で平年を1~3℃下回りました。

〇 節分前夜祭

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追儺の儀

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節分前夜祭、大黒様の面を付けた神職、年男の谷本知事(72)も豆まき、石浦神社 、本多町、金沢市、(Google画像、北国新聞、2017.2.2)

節分厄除星祭、YouTube(haru nanao): https://youtu.be/KuHejJTxb-I、石浦神社(金沢市、石川県) 2016.2.2 

(Link)

 〇 珍しい逆さ狛犬(金沢)、後ろ足を蹴り上げた姿勢の狛犬、兼六園下、石浦神社境内の広坂稲荷神社、とは(2016.9.9): http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/201699-0375.html

 〇 立春、節分(2月3日、旧正月)と豆まき、追儺(ついな)の鬼、太陰暦(旧暦)と太陽暦(新暦)、とは(2011.2.1): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/201121-b541.html

 〇 春の訪れ 立春(2月4日)、節分(2月3日)、白山比咩神社の節分祭と豆まき、追儺(ついな)の鬼、恵方(えほう、歳徳神のいる方向、南南東!)と恵方巻、とは(2016.2.4):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-4b7b.html

2017年1月23日 (月)

雪は天から送られた手紙、世界初の人工雪、中谷宇吉郎(加賀市、石川県)、とは(2017.1.23)

 北海道は、乾いて軽いサラサラの粉雪ですが、北陸は、湿って重たいベタ雪です。この雪質の違いは、気象条件、特に気流(シベリア寒気団)による気温、海流(リマン寒流、対馬暖流)による水蒸気の湿度に起因しています。

 今年の1月20日(土)は、24節気のうち、最後の節、大寒! この日の金沢は、朝は曇で、3~6℃、昼近く降りしきる雪を見た時、ふと、雪は天から送られた手紙である、との言葉が思い浮かびました。 

 これは、中谷宇吉郎(なかやうきちろう片山津温泉、加賀市、石川、もと作見村片山津)が、色紙や書簡に好んで書いた文句です。

 まさに、雪は天から送られた手紙であり、その暗号を読み解く鍵が、中谷ダイヤグラムです。 これは、雪の結晶が、大気中の温度と水蒸気の量(氷に対する過飽和度)の違いに起因していることを解明したのものです。 

〇 雪は天から送られた手紙

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雪は天から送られた手紙である(詩画、中谷宇吉郎)

〇 雪の結晶と中谷ダイヤグラム

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雪の結晶のパネル

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中谷ダイヤグラム 、雪の結晶と気温℃、水蒸気の量%(過飽和度)との関係

雪は天から送られた手紙、中谷宇吉郎 雪の科学館(石川県加賀市、ホームページ): http://kagashi-ss.co.jp/yuki-mus/profile/

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中谷宇吉郎(1900~1962、中谷宇吉郎記念財団)

〇 世界初の人工雪の結晶

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世界初の人工雪の六花の結晶、ウサギの毛につるされている人工雪、1936年(昭和11)3月、北海道大学の実験室

世界初 雪の結晶を作る、 HOKUDAI Only One!No.22~北海道大学~、
YouTube(onlyone hokudai): 
https://youtu.be/z861Yxzvmeo

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人工雪誕生の地

 (解説) 1936年(昭和11年)3月12日、零下50℃まで下げられる、北海道大学の常時低温実験室で、世界で初めて人工雪の結晶を作ることに成功しました。

 中谷教授が人工雪の製作に世界で初めて成功した跡地には、1979年(昭和54年)7月4日、白いみかげ石に六角板結晶をかたどった記念碑が建てられました。

 私もそこを何度か訪れたことがあり、また、1999年(平成11年)2月、北海道大学大学院地球環境科学研究科の招聘講師として訪れたとき、北海道と北陸の雪質の大きな違いも実感しました!!

(Link)

 〇 雪は天から送られた手紙である、という言葉の生みの親、中谷宇吉郎(雪氷科学者、随筆家)、とは(2010.6.14) :http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/2010614-412c.html 

  〇 とやま雪の文化(雪の結晶、富山県、ホームページ):
http://www.pref.toyama.jp/sections/1711/yuki/course/course_crystal.html 

  〇 世界初・雪の結晶をつくった男(SORA気象アーカイブス Vol.12、2016):
http://weathernews.jp/soramagazine/201603/05/

 

 

2017年1月 2日 (月)

お正月のお祝い(2017.1.1)、迎春おせち料理、おしながき(一の重から三の重)、とは(2017.1.2)

迎春おせち料理

  陰暦では新年と春がほとんどいっしょだったので、春といえば新年のことであった。おせち料理というのは、御節句(おせちく)料理のつまったものである。五節句(人日、上巳、端午、七夕、重陽)を季の変わり目として神前に供えた料理のことをいったが、次第に正月の料理だけおせち料理というようになった。

 おせち料理組み重と言って、四つ重ねの重箱に詰めておき、食べる時に取り分けるのが習慣である。一の重には口取り(きんとん、かまぼこ、ゴマメ、黒豆、数の子、卵焼きなど)、二の重には焼き物(ブリ、イカ、エビなど)、三の重には酢の物(紅白のなます、酢レンコン、しめこざし、ショウガなど)、四の重には煮物(サトイモ、レンコン、クワイ、ゴボウ、
シイタケなど)を詰めるのがならわしである。

 ところで、各家庭では元日の朝、正月のお祝いを行う。この正月のお祝いは、暦が改まると新年の年神が各家庭を訪れて、その年の幸福を授けてくれるという信仰から、古来とり行われてきたお祭りである。日本は元来、農耕社会であり、年神の授けてくれる幸福とは五穀、とりわけお米の豊穣のことだった。
 
 わが家でも、それにあやかり、家族でお酒お雑煮お節料理をいただき、新年のお祝いをしました。なお、年神へのお供え物は、大根、さといも、人参、餅などですが、これを混ぜて食べるようになったのが雑煮である。お互いに交わす、明けましておめでとう、という言葉には、無事お正月を迎えられた歓びがこもっている。

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お酒

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お雑煮

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迎春おせち料理 おしながき(一の重から三の重、全41品)、割烹料亭 千賀(名古屋)

(解説) おせち料理は、昨年と同じく、割烹料亭 千賀(名古屋)の一の重から三の重を、また、関西風お雑煮を、お屠蘇は本来、薬用酒ですが、ここでは普通の日本酒をいただきました。

(参考文献) 樋口清之監修: 生活歳時記(第2版)、p.2~3、新年、おせち料理、正月のお祝い、三宝出版(1994).

(Link)
 〇 お正月(2016.1.1) 迎春おせち料理(おしながき、全41品) :
http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/41-f166.html

 

 

2016年12月26日 (月)

クリスマス(12月25日)、キリストの降誕祭、もとローマ農民の冬至祭! わが家のクリスマスケーキ、とは(2016.12.26)

 昨日(12月25日)は、キリストの降誕祭、クリスマスでした。これは、ローマ教会が、もとローマ農民の冬至祭にキリストの降誕祭を結びつけ、その教え、人の愛、お互いの幸福を祝福、平和!を異教徒に広めました。

 日本のクリスマスは、大正の終わり頃から、欧米とよく似た年中行事として普及し、クリスマスケーキは、洋菓子メーカー、不二家(東京)が広めたという。 

 この日(12月25日)金沢は、朝は雨模様、7~9℃と少し寒く、のち曇、晴れ間ものぞきましたが、それにあやかり、わが家でも、クリスマスケーキ、ローストチキン、シャンパンでお祝いしました。

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クリスマスケーキ(ぶどうの木、洋菓子工房、金沢、2016年12月25日撮影)

(Link)
  〇 クリスマス(12月25日)、もとイタリアのローマの農民の間で行われていた冬至の祭り、わが家のクリスマスケーキ、とは(2015.12.25): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/20151225-f905.html

2016年7月 7日 (木)

力石(盤持石とも)、金沢の戸水八幡神社の盤持石、小松の向本折白山神社の盤持大会、とは(2016.7.7)

 力石(ちからいし、盤持石、ばんもちいし、とも)は、神社の境内に置かれた楕円形の重たい石のことです。古代、石を肩まで持ち上げ、一回りして、吉凶や願い事の成就を占いました。

 江戸から明治の頃は、生活において腕力を必要とすることが多かったことから、力石は、一般男子の娯楽や鍛錬の力競(くら)べや力試(だめ)しに用いられ、5斗石、8斗石などと重量が定められています。

 普通は石を肩に上げたり、頭上に差し上げたりするもので、石には一俵石、五斗石、一石などと種々のものがありました。自分の持ち上げることも出来ない石に対しては、腰を掛けるなどの不作法は厳しく戒められていました。

 差し上げれば千人力になるとか、近親の病気が治るという。また肩上げ、両差し、片手差しなどといって力を競べます。平安時代末期、源為朝(みなもとのためとも、1139~1170)や武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい、?~1189)が持ち上げたと伝える力石も日本各地にあります。

 金沢の尾山神社(おやまじんじゃ)や誉田神社(ほんだじんじゃ)でも同じような楕円形の石(盤持ち石、さし石、力石とも)とその由来の立て札を見たことがあります。最近では、味郷神社(白山市福留町)は、2016年春、「盤持ち石」「目標の松の木」を整備し、説明版を置きました。

 ところで、石川県庁の北東近くには、金沢の戸水八幡神社(とみずはちまんじんじゃ)があり、先月、そこにお参りしたとき、鳥居門のそばに、盤持石(ばんもちいし、力石とも)の立て札と大きな楕円形の石が目につきました。そこで、その光景をデジカメに収めました。また、小松の向本折白山神社(むかいもとおりしらやまじんじゃ)の盤持ち大会の動画も紹介しました。

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盤持石(戸水八幡神社、戸水町、金沢市、2016年6月26日)

盤持ち大会(向本折白山神社、向本折町、小松市、2015年9月21日)、〇 秋祭り 盤持ち大会、浮石 130kg、YouTube(Takashi Ohe)): htps://youtu.be/P8Qnn9Pc2JI ;浮石 75kg、YouTube(Takashi Ohe):https://www.youtube.com/watch?v=U_vrO5YtilE

〇 秋まつりー力石(蛭子神社、大津区、姫路市、兵庫県、YouTube、kei fukui):  https://www.youtube.com/watch?v=2Q1B37wk3wA

〇 力石、石担ぎ(神明神社、 岐阜県郡上市八幡町五町、YouTube、kei fukui):
https://www.youtube.com/watch?v=92caW3U8nXU  

(参考資料)

○ 戸水八幡神社(石川県神社庁): http://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/search/detail.php?e7a59ee7a4be4944=303

〇 向本折白山神社(石川県神社庁): http://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/search/detail.php?e7a59ee7a4be4944=653

○ 力石と力餅にまつわる歴史伝承、神社や寺院での力比べ(信仰に通じた体力の養成)、尾山神社さし石(金沢、石川)、兼仲公力石(上板、德島)、とは(2010.9.13): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/122.html

○ 秋、10月のはじめ、示野中橋から眺めたわが家、犀川のシラサギ、近くの誉田神社(示野中町)の盤持ち石力石)、とは(2010.10.1): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/126.html

〇 盤持石(ばんもちいし、力石とも)、神社や寺院に置かれた楕円形の重い石で、古代、持ち上げて吉凶や願い事の成就を占い、江戸から明治では娯楽や鍛錬の力試し石、戸水八幡神社(金沢市)の盤持石、とは(2014.10.17): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-ae60.html

(追加説明)

〇 郷土史家、水上正三さん(82)は、白山市福留町の味知郷神社(みちごうじんじゃ)で「盤持ち石」を整備し、説明版を置きました。盤持ち石は、福留の虫送りの行事で、青壮年の力比べに使われた石です。40貫(150kg)とされる青石、32貫(120kg)とされる長石が残されています。(2016.4.29(金)、北陸中日新聞より)

〇 盤持ち120キロ成功 莬橋神社西瓜祭

 莬橋神社(うはしじんじゃ、小松市浜田町)の秋季例大祭「西瓜祭(すいかさい)」は8月27日(水)、石などを担ぎ上げる恒例の盤持ち大会(北陸中日新聞後援)などで盛り上がった。

 男性は重さ120キロの俵、女性は50キロの俵を肩の上まで担ぎ上げる。市内の参加者が顔を真っ赤にしながら持ち上げると、歓声が湧き起った。

 同市松陽中学校職員の中島正明さん(48)、同市打越町は、その勇姿を小学6年の息子に見せるため挑み、石を見事に担ぎ上げた。

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             120キロの石を見事に担ぎ上げた中島正明さん、小松市浜田町で

                     (2017.8.28(木)、北陸中日新聞より)

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