● 絵画

2017年8月17日 (木)

河鍋暁斎、幕末・明治前期の日本画家、奇抜な動物画、風刺画、浮世絵、とは(2017.8.17)

 河鍋暁斎(かわなべきょうさい、1831~1889)は、幕末・明治前期の日本画家、本名周三郎、別号、狂斎。下総(茨城県)古河生れ。

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河鍋暁斎(かわなべきょうさい、1831~1889)

  3歳でカエルを描いたと言われ、両親と江戸に出て、7歳のとき浮世絵師歌川国芳(1797~1861)に入門、のち狩野派前村洞和(?~1841)、狩野洞白(1771~1841)に学び、狩野派に浮世絵を加味した独創 的な画風を展開した。1858年(安政5年)独立。

 狂斎と号し、闊達な筆致による動物画浮世絵錦絵、狂画と呼ばれる風刺画、戯画などを描き、1870年(明治3年)投獄され、暁斎と改号。1881年(明治14年)第2回内国勧業博覧会で受賞、その写実力と奇想が評判となった。建築家コンドルも入門し暁英と名乗り、著書で紹介、欧米にも知られた。作品「地獄極楽図」「暁斎漫画」など。(永原慶二監修、日本史辞典(岩波)より)

〇 これぞ暁斎! ゴールドマンコレクション

2017年7月29日(土)~8月27日(日)
石川県立美術館
 江戸幕末から明治を生きた日本絵師、河鍋暁斎(かわなべきょうさい1831~1889)。 圧倒的な描写と独特のユーモアを交えた暁斎の創作の全体像を、世界屈指の暁斎コレクション、イスラエル・ゴールドマン氏所蔵の作品で回顧する。
〇 猿、枇杷猿、瀧白猿
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                 猿「枇杷猿」「瀧白猿」 1888年(明治21年) 絹本着彩
 滝を背に際立つ白猿、樹上の猿が、墨の濃淡だけで生き生きとした表情で描かれている。伝統的な技法を用いながらも、表情や動きに漫画のような要素が感じられる。
〇 動物の曲芸
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             動物の曲芸 1871年(明治4年)~1889年(明治22年) 紙本着彩
 動物や妖怪など架空の存在を通し、幕末から明治にかけて動乱の時代を生きる人間や人間社会を描いている。批判精神はありつつも、愛情や親近感、おかしみが感じられる。
〇 地獄太夫と一休
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          地獄太夫と一休、 1871年(明治4年)~1889年(明治22年) 絹本着彩、金泥
 
 伝説の遊女、地獄太夫と骸骨と舞う一休宗純

というこの画題は、直接的には浮世絵などの江戸大衆文化に由来している。太夫の衣服には地獄の風景も描かれていて面白い。歌舞伎の「一休地獄噺」をもとにした絵巻である。
(Link)
 〇 中日新聞、2017年(平成29年)8月17日(木): 

 

 
 

2017年5月24日 (水)

堀の中の名画、山海頌図(さんかいしょうず、山の恩、海の恩)、棟方志功、金沢刑務所、とは(2017.5.24)

 金沢刑務所((金沢市田上町)の講堂には、版画家・棟方志功(1903~75、青森)が手がけた一対の油絵が、「塀の中の名画」として、受刑者の暮らしを静かに見守っています。 

 棟方は、終戦間際の1945(昭和20年)年4月、富山県南砺市(もと福光町)の光徳寺住職らの招きで福光に疎開、約6年8カ月を過ごしました。 

 東京へ戻る直前、知人の金沢刑務所職員が、当時は金沢市小立野にあった刑務所の講堂に飾る作品を依頼しました。

 1952年(昭和27年)6月、棟方は、刑務所内の職員待機所にこもり、わずか1日で、80号2枚の大作「山海頌図(さんかいしょうず)、山の恩、海の恩」を描き上げたという。

〇 山の恩

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                          山海頌図 山の恩 

  山海頌図「山の恩」は、青い山を背にした大樹を中心にタンポポやヒマワリなど春夏の花々が咲き乱れる風景です。

〇 海の恩

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             山海頌図 海の恩

 山海頌図「海の恩」では、灯台がたたずむ海辺の遠景とともに、秋冬の草花の中でフクロウやキジなどが憩う風景です。

 これらの作品は、一見、ユートピアを思わせる穏やかな風景です。が、見る者からは、画面手前に描き込まれた、装飾的な白い鉄柵によって、隔てられています。 

 南砺市立福光美術館、元館長補佐で、版画家の尾山章さん(73)は、「出所後の希望の世界、夢の世界としての彼岸や来世、全部を含んでいるのでしょうね」と話す 

 金沢刑務所で暮らす受刑者たちは、1日30分の運動時間などに講堂に集まります。棟方が「受刑者の心の糧に」と願った名画は、償いの日々の思いでにささやかな彩りを添えるに違いない、とのことです。

(参考文献) 

〇 朝日新聞、1917年(平成29年)5月17日、田中ゑれ奈、探訪 展知 ひと、金沢刑務所、「心の糧」添える彩り、棟方志功が手がけた「堀の中の名画」、「山海頌図 山の恩」、「山海頌図 海の恩」、金沢刑務所(金沢市田上町)

〇 朝日新聞デジタル(棟方志功に関するトピック):http://www.asahi.com/topics/word/%E6%A3%9F%E6%96%B9%E5%BF%97%E5%8A%9F.html

(参考資料)
〇 光徳寺(真宗、南砺市、富山): https://www.city.nanto.toyama.jp/cms-sypher/www/info/detail.jsp?id=4296
〇 南砺市立福光美術館(世界のムナカタがわかる美術館、富山):http://nanto-museum.com/message/

2016年10月26日 (水)

紅葉の襖絵、長谷川等伯の楓図 (国宝 1592年頃 智積院 京都)、とは(2016.10.26)

 安土桃山時代の絵師、長谷川等伯(はせがわとうはく、1539~1610)は、能登半島・七尾(石川県)の生まれで、はじめは、30年余り、信春(しんしゅん)と名乗り、能登の地方画家として仏画を中心に肖像画など描きました。 のち京都に出て、独自の画風を創造して、御用絵師として隆盛を誇った狩野派に対抗する画業を築きました。

 紅葉の楓図(国宝)、智積院(京都)の襖絵は、1592年(文禄元年)頃、長谷川等伯が描いたものです。 中心に矍鑠(かくしゃく)たる楓の太い幹が描かれており、 その幹の下に散る楓の葉の美しい造形、 そして根本の鶏頭や白菊、葵の花も美しい!楓の幹も、まさに55歳の油の乗り切って、精神力と知力に溢れる、等伯自身、そのものという。

 〇 長谷川等伯の楓図 (国宝)

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長谷川等伯の楓図 (国宝 1592年頃 智積院)、厳粛な美につつまれており、正座し心を落ち着けて見る感じで、 その凛として律としての厳しい美に 圧倒されます。

〇 智積院 (京都) 

智積院(真言宗) 講堂の襖絵と中庭  、京都市東山区東大通り七条下る、YouTube(love nikon): https://youtu.be/zCBrzy6_sVY、智積院、宝物紹介(国宝障壁画): http://www.chisan.or.jp/sanpai/houmotsu/

(Link)
 〇 長谷川等伯(はせがわとうはく、安土桃山・江戸初期の絵師)、能登の七尾から京の都へ、壮麗な金碧画から水墨画の世界へ、画風の変化をもたらした人生の出来事、とは (2011.10.7):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/2011107-4750.html

(参考資料)

〇 日本の美、秋の紅葉、傑作紅葉画の競演、1~6 (いづつやの文化記号):
http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2010/11/post-a9d7.html

 

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