● 都道府県(地名の由来、沖縄から北海道まで)」

2016年10月21日 (金)

犀川の名、室生犀星、佐奇神社に由来、犀川の下流域、佐奇森の地、加賀4代藩主、前田綱紀霊堂、とは(2016.10.21)

 ふるさとは遠きにありて思ふもの、と詠んだのは、生まれ故郷の川の名を持つ、室生犀星(むろうさいせい、1889~1962)、金沢出身の小説家、詩人です!犀川は、富山県境の東部付近から北西に流れ、金沢市街を通って、日本海へ注いでいます。

 その河名由来は、犀川が、佐奇森(さきもり)に鎮座する佐奇神社さきじんじゃ)近くを流れる事から、佐奇川さきかわ)となり、訛(なま)って、犀川さいがわ)になったという。佐奇森の地名は、その昔、防人(さきもり)が置かれたところから名付けられたという。

 佐奇神社拝殿は、かって天徳院にあった五代藩主前田綱紀(つなのり)の御霊堂(ごれいどう)を、1876年(明治9年)に、犀川の下流域、佐奇森の地に移築したものです。近世の加賀藩主御霊堂として、市内に唯一の残るものです。 

〇 犀川

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犀川の風景、上流の大豆田大橋から下流の示野中橋の流域、河川敷、桜田町(金沢市)

〇 佐奇神社

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佐奇神社拝殿 、加賀藩主、前田綱紀御霊堂、犀川の示野中橋の下流、犀川橋近く、佐奇森町(金沢市)

 (解説)  前田 綱紀(まえだ つなのり、1643~1724)は、加賀藩の第4代藩主、加賀前田家5代で、先代藩主前田光高の長男、母は徳川家光の養女、水戸藩主徳川頼房の娘、清泰院です。 

 綱紀は、政事は、加賀一、土佐二、という言葉で評価されるように、理想の藩社会を作り上げ、一方、全国より図書を収集し、新井白石(あらいはくせき、1657~1725)をして、加州は天下の書府、と言わしめるほどで、今日の尊経閣文庫(そんけいかくぶんこ)の基を作りました。

 また、学者や文化人、木下順庵、室鳩巣、稲生若水、千宗室(茶道裏千家)など、有名な職人、本阿弥光伝(刀剣鑑定)、後藤程乗(彫金)、清水九兵衛(蒔絵)、五十嵐道甫(描金工)、宮崎寒雉(鋳物師)などを招へいし、厚遇するなどして、加賀の文化、工芸の興隆に大きく寄与しました。 これは、百工比照(ひゃっこうひしょう)(国の重要文化財)を生み出す原動力ともなり、今日の工芸王国石川県の基礎を打ち立てました。

(Link)

 〇 室生犀星(金沢出身の作家)にまつわる歴史実話、ふるさとは(小景異情)、山のあなたの(カール・ブッセ、上田敏訳、海潮音)、桃源郷(陶淵明、宏村、中国)、とは(2009.7.6): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/200976-8ca2.html


 〇 犀川(さいがわ)、名の由来、下流域の佐奇神社(さきじんじゃ、金沢市)近くを流れる事から佐奇川(さきかわ)となり、訛(なま)って犀川(さいがわ)になった、日本各地の同名の犀川、とは(2014.10.13): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-794b.html

(話題) 金沢・天徳院の「なんじゃもんじゃ」の花

  2017年(平成29年)5月15日、金沢市小立野の「なんじゃもんじゃ」が見ごろを迎えていました。正式な名は「ヒトツバタゴ」で、本当の名前が分からない人が「なんじゃもんじゃ」と呼んだことが由来と言われています。

 天徳院のなんじゃもんじゃは庭の中に咲いており、すぐ目の前で花を見ることができます。細く真っ白な花が新緑の葉の上に咲く様子は、雪が積もったかのようです。見物客は初夏の!積雪”を楽しんでいました。天徳院の職員によると、見ごろは17日ごろまでという。(2017年5月16日(火)、北陸中日新聞、朝刊より)

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