● かなざわ(金沢城、兼六園、石浦神社、金沢市、石川県)

2017年4月11日 (火)

兼六園と金沢城公園の花見(4月9日)、ソメイヨシノ、ヒガンザクラ、ヤマザクラなど、420本の満開の桜、とは(2017.4.11)

 金沢地方気象台は4月8日、金沢市内でソメイヨシノが満開になったと発表しました。平年より2日早く、昨年より4日遅い。市内は4日連続で20℃を超え、この日は今年一番の暖かさとなり、桜の開花も一気に進みました。

 兼六園では8~16日、恒例の無料開園が始まり、ソメイヨシノ、ヒガンザクラ、ヤマザクラなど、約420本(約40種)の桜が咲き誇り、8日午後6時までに、約5万2千5百人の花見客で賑わいました。

 一昨日(9日)は曇時々雨で、日中の気温9~16℃でしたが、午後2時頃から2時間ほど、多くの家族連れや観光客、息子と共に、兼六園と金沢城公園の満開の花見を愉しみ、その光景をデジカメに収めました。

〇 兼六園

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兼六園の中の満開の桜、特別名勝、兼六園は、宏大、幽邃、人力、蒼古、水泉、眺望の六勝を兼備するという、これが名の由来。

 

〇 金沢城公園

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金沢城公園の中の満開の桜

〇 石川橋(金沢城石川門と兼六園を結ぶ橋)

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石川橋(金沢城石川門と兼六園を結ぶ橋)、石川橋下のお堀通り(百万石通りとも、もと金沢城百間堀)周辺の満開の桜、

 (Link)

〇 金沢のサクラ咲く(4月5日)、ソメイヨシノ(開花宣言、4月4日)、とは(2017.4.5): http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/4444201745-ba06.html

(追加説明)

〇 兼六園花見客が最多  外国人、新幹線、好天 追い風

 サクラの見ごろに合わせて4月8~16日に無料開放した兼六園の入園者数が43万8100人で過去最高となった、と県金沢城・兼六園管理事務所が17日発表しました。1日あたりの4万8678人も過去最高という。浜田哲郎所長は「外国人の増加と新幹線効果の持続、天候の良さと好条件が重なった」と話す。サクラの時期に無料開園を始めたのは1977年から。

 同じ期間の金沢城公園の入園者数は22万9500人で昨年を4100人下回ったが、過去2番目の多さという。(2017.4.18(火)、朝日新聞より)

 

 

2017年1月 9日 (月)

伝統の加賀鳶(1月8日)、藩政期から受け継ぐ加賀百万石の火消しの心意気、金沢市出初め式、とは(2017.1.9)

 新春を彩る金沢市の消防出初め式が2017年1月8日、金沢城公園新丸広場で開かれました。市内49消防分団の団員約1100人が、伝統の加賀鳶(かがとび)、高さ6mの梯子(はしご)登りの演技、49台のポンプ車から下帯姿の一斉放水を勇ましく披露し、集まった約4500人の観客を沸かせました。

 加賀鳶とは、江戸時代、加賀前田藩が江戸本郷の藩邸に抱えていた火消し人夫でした。この時の消防法基本は、破壊消防法であり、鳶口(とびぐち)は火を消す道具ではなく、周りの家を壊して防火帯をつくるための道具でした。

 1869年(明治2年)、加賀藩最後の藩主(旧14代藩主)、金沢藩知事前田慶寧(よしやす)は、加賀鳶38人を江戸から招いて、手押しポンプ、鳶口梯子を使った消防を組織し、金沢の義勇消防団が出来上がりました。

〇 加賀鳶梯子登り

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加賀鳶梯子登りの妙技を披露する消防団員、 足首をはしごに固定して、地面と水平に体を伸ばす、鶯の谷渡り、金沢城公園新丸広場 、金沢市、石川県(北国新聞画像)2017年(平成29年)1月8日(日)

金沢市の消防出初式、伝統の加賀鳶(かがとび)の梯子(はしご)登り、YouTube(ミドpomピカット): https://youtu.be/qTE9LpFTi4E、2017年.1月.8日 13:33

(解説) 加賀鳶には、梯子(はしご)登りの妙技があり、一本火の見、をはじめ、夢枕、肝返り、鯱鉾(しゃちほこ)、逆さ大魂つぶし八艘(はっそう)飛び、背亀、鶯(うぐいす)の谷渡りなど、47種の技が伝えられています。はしご登りは、高さ6mの直立した梯子の上で一人の演者が威勢の良いかけ声と共に身軽な仕草と熟練した技を披露するは見応えがあります。

(Link)
 〇 消防出初め式、加賀鳶(1月10日)、江戸時代、加賀藩邸お抱えの火消し人夫、梯子登り、基本は破壊消防法、とは(2016.1.11): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/2016111-c2dd.html

 〇 金沢城の大火事にまつわる歴史実話、火元(落雷、フェーン現象、火の不始末)、火消し(加賀鳶、破壊消防法)、とは(2010.3.24): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/66.html

(追加説明)

〇 広小路の地名

広小路(ひろこうじ)は、もと1657年(明暦3年)の明暦の大火をもとに、江戸幕府が火除地の一種として上野や両国などに設置した幅の広い街路のことです。その3年後(1660年(万治3年)に大火にあった名古屋にも設置され、火災の類焼を食い止めました。また、広小路に沿って火除土手(ひよけどて)が設けられました。

のち、日本各地に広まり、現在も広小路地名道路が、東京(上野広小路)、京都(広小路通)、名古屋(広小路通)、金沢(広小路)、秋田(広小路)のほか、全国各地の市街地にも残っています。

2016年12月 6日 (火)

金沢城のイロハモミジ(11月28日)、大手堀、河北門(正門)、二の丸菱櫓・五十間長屋、石川門(搦手門)、百間堀園地(旧沈床園)、とは(2016.12.6)

 金沢城は、もと、室町時代の金沢御堂(尾山御坊)、安土桃山、江戸時代の尾山城(金沢城)、明治時代の軍都(陸軍歩兵第七連隊、陸軍第九師団司令部)、戦後、昭和時代の学都(金沢大学キャンパス)と主が変わり、大学の角間移転後、都市公園(金沢城公園)となりました。

 金沢城公園は、加賀藩前田家の居城を整備した公園で、国の史跡に指定され、石川門(金沢城搦手門)、三十間長屋、土倉(鶴丸倉庫)は、国指定重要文化財となっています。

 近年、河北門(金沢城正門)、二の丸(菱櫓および五十間長屋橋爪門続櫓および橋爪門)、また、玉泉院丸庭園、趣のある石垣群復元されるなど、都市公園として整備され、現在、金沢城公園として一般市民に開放されています。

 先日〈11月28日)、兼六園ぶら散策のとき、素通りした金沢城公園で、イロハモミジ(いろは紅葉、カエデ科)の鮮やかな紅葉が目に付き、その光景をデジカメに収めました。

〇 大手堀

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〇 河北門(金沢城正門)

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〇 二の丸(菱櫓、五十間長屋)

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〇 石川門(金沢城搦手門)、石川橋、百間堀園地(旧沈床園)

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(Link)

〇 金沢城探訪(10月21日)、河北門、石川門と鉛瓦、耐鉛性のヘビノネゴザ、東の丸東面石垣、玉泉院丸庭園、とは(2015.11.6): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-8b5f.html

〇 晩秋(11月4日)、金沢城の大手堀、正門の河北門と裏門の石川門、白鳥路傍の池の錦鯉、兼六園の紅葉と雪吊りの光景、とは(2014.11.7): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-e7c3.html

2016年12月 2日 (金)

兼六園ぶら散策〈11月28日)、曲水のカルガモ、根上松、明治記念之標、氷室跡、沈砂池、竜石、放生池のシラサギ、金城麗澤、金沢神社、とは(2016.12.2)

 兼六園は、江戸時代の代表的な林泉回遊式大名庭園です。もともと金沢城の外郭に属する庭で、犀川源水の辰巳用水を取り入れ、曲水をつくり、各種の石橋を架けました。 

 1822年(文政5年)ころ、中国の洛陽名園記に因み、宏大(こうだい)、幽邃(ゆうすい)、人力(じんりょく)、蒼古(そうこ)、水泉(すいせん)、眺望(ちょうぼう)の六勝を兼備するという意味で、兼六園と命名されました。 

 先日(11月28日)、久しぶりに、兼六園を訪れ、兼六園案内図を見ながら、ぶらぶら散策し、冬の風物詩、マツやツツジの雪吊りを鑑賞し、ふと目にした名所の光景をデジカメに収めました。

〇 桂坂口 案内所

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〇 曲水 カルガモ

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〇 根上松

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〇 明治記念之標

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〇 氷室跡

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〇 沈砂池 曲水源水

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〇 竜石

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〇 放生池 シラサギ

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〇 金城霊沢

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〇 金沢神社  手水舎

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(Link)

〇 日本三名園、サイエンス(科学)のふるさと、兼六園内の藩校と遺跡、兼六園の歴史、東京大学の赤門のルーツ、とは(2009.6.18): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/2009618-fac6.html

〇 兼六園の湧水(10月21日)、金城霊澤、金沢の名の由来,、日本各地の同名の金沢、とは(2015.11.3): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-5743.html

2016年11月30日 (水)

兼六園の雪吊り(11月28日)、高木、松のりんご吊り、幹吊り、低木、ツツジの竹又吊り、しぼり、とは(2016.11.30)

  北陸の雪は、水分の多いベタ雪です。高木は葉に付着し、枝折れを起こし、低木は、積雪に押しつぶされ、変形します。そこで、竹と縄を使い、雪吊りして、雪害を防ぎます。

 高木の松は、りんご吊りでは、枝を支柱と縄で吊り上げ、幹吊りでは、直接、枝に縄を張ります。また、低木のツツジは、竹又吊りでは、生垣に三つ又あるいは四つ又の竹を立て、縄を張り、他の低木のしぼりでは、枝を全て上に集め、縄で下から巻き上げて結びます。

 一昨日(11月28日)、久しぶりに、兼六園を散策し、冬の風物詩、マツやツツジの雪吊りを鑑賞したのち、その光景をデジカメに収めました。

〇 兼六園入口

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〇 低木のしぼり、幹吊り

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〇 唐崎松のりんご吊り

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〇 黒松のりんご吊り、ツツジの竹又吊り

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〇 根上松の幹吊り

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〇 ツツジの竹又吊り

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〇 兼六園出口

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兼六園の雪吊り、高木、松のりんご吊り、幹吊り、低木、ツツジの竹又吊り、しぼり、金沢市兼六町、2016.11..28  

(解説) りんご吊りの名称は、1875年(明治8年)、西洋リンゴが日本に入り、20年ほどでたわわな実をつけ、その重さから枝折れを防ぐために木の中心柱を立て縄で枝を吊り上げたそうですが、この方法を雪国の植木職人が雪吊りに採用したことに由来しているという。ということで、りんご吊りは、明治の終わり頃にはじめられたと言われています。加賀(石川)の植木職人は「りんご吊り」を「芯立て」と呼んでいます。

(Link)

 〇 冬の風物詩、兼六園の雪吊り、霞ヶ池のふちの最も枝ぶりが見事な唐崎松、とは(2016.11.29): http://kanazawa-kuratuki.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-865a.html

2016年9月12日 (月)

アオサギの毛づくろい、金沢城の新丸広場近くの湿生園に飛来、とは(2016.9.12)

 先週、9月5日、金沢城を訪れた時、アオサギ(青鷺、蒼鷺とも、サギ科アオサギ属)が新丸広場近くの湿生園に飛来し、人が近づいても、落ち着いて毛づくろいしている姿が目に留まり、そのしぐさをデジカメに収めました。 

〇 アオサギ

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アオサギ(青鷺、蒼鷺とも、サギ科アオサギ属)新丸広場近くの湿生園、

和名は灰色のサギの意で、淡灰色の長い羽毛(飾羽)が混じています。日本で繁殖するサギの中で最大で、体長約1m、羽を広げると1.5mほどにもなり、北海道から九州まで広く分布しています。また、川や池、海岸で、主に小魚やカエルなどを食べ、繁殖期には、高い樹木の上に巣をつくります。

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国指定史跡、金沢城公園、新丸広場金沢市丸の内1-1、 2016.9.5

(Link)

〇 金沢城探訪(10月21日)、河北門、石川門と鉛瓦、耐鉛性のヘビノネゴザ、東の丸東面石垣、玉泉院丸庭園、とは(2015.11.6): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-8b5f.html

 

2016年9月 9日 (金)

珍しい逆さ狛犬(金沢)、後ろ足を蹴り上げた姿勢の狛犬、兼六園下、石浦神社境内の広坂稲荷神社、とは(2016.9.9)

 日本の社寺の門前には、どこでも、左右1対の獅子に似た獣の像、狛犬(こまいぬ、高麗犬、胡麻犬とも)が据え置かれ、威厳を示し、魔除けに使われています。

 その起源は、古代オリエントの神殿や門前に置かれた獅子といわれています。高麗(こま)の犬は、外来の珍獣の意と考えられています。 日本では平安中期、清涼殿の御帳の前に,左に獅子像,右に狛犬が1対並べて置かれたのが始まりと伝えられています。

 一般に、右が開口、左が閉口で、これを阿吽(あうん)、陰陽になぞらえられています。狛犬の像は、木、石製のものが多いが、青銅、鉄、陶製のものもあります。特に、大宝(だいほう)神社(滋賀)、東大寺(奈良)、白山比咩神社(石川)、宗像(むなかた)大社(福岡)のものは有名です。

 ところで、兼六園南の真弓坂出入口下の向かい、金沢市最古の神社とされる石浦神社の境内、広坂稲荷神社の鳥居の前の1対の狛犬では、右側の狛犬は一般形ですが、左側の狛犬は、後ろ足を蹴り上げた珍しい姿勢で据えられ、逆さ狛犬と呼ばれています。

 狛犬に詳しい落語家、日本参道狛犬研究会の前会長、三遊亭円丈さん(71)によると、逆立ちした狛犬は、全国約4千の神社の狛犬の中で、どういうわけか、金沢市周辺に集中している。江戸時代の狛犬は、少し後ろ足を上げるだけで、より高く蹴り上げて逆立ちするのは、明治以降のデザインとのことです。

 江戸時代の狛犬として、金沢市天神町の椿原天満宮には、金沢最古とされる1859年(安政年)銘、石工松田七左衛門作の狛犬があり、確かに、足のあげ方が石浦神社の狛犬よりも控えめでした。

 石浦神社の逆さ狛犬の台座には、福嶋伊之助、近くに1891年(明治24年)奉納とありました。逆さ狛犬が、特に金沢で目立つ原因として、加賀藩の影響とか、韓国や中国から持ち込まれた形態とか、金沢の人が派手にやったとか言われています。

 また、当時のはやりで職人が競い合って造ったとか、逆さ狛犬の九谷焼作りの狛犬の像への応用とか、言われています。が、真の理由はよく分からず、謎は深まるばかりです!

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広坂稲荷神社のほこら前の狛犬、右 一般的な狛犬の形、開口の阿(あ)、左 逆さ狛犬、後ろ足を蹴り上げ、頭を下げた逆立ちのような形態、閉口の吽(うん)

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広坂稲荷神社、右の狛犬、一般的な狛犬の形、開口の阿(あ)

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広坂稲荷神社、左の狛犬、逆さ狛犬、閉口の吽(うん)

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鳥居が並ぶ広坂稲荷神社のほこら、石浦神社境内の奥まった所

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石浦神社(いしうらじんじゃ)本殿、左右ともに阿吽の一般形の狛犬、金沢市本多町、2016.9.5

(参考資料)

〇 逆さ狛犬(さかさこまいぬ、Google画像):https://www.google.co.jp/search?q=%E9%80%86%E3%81%95%E7%8B%9B%E7%8A%AC&hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwj31NDmwYHPAhVBwpQKHXXVD3wQsAQIHQ&biw=1366&bih=589

(参考文献) 下中邦彦編: 小百科事典(初版)、p.501、狛犬、平凡社(1973); 永原慶二監修: 岩波日本史辞典、p.460、狛犬、岩波書店(1999); 北陸中日新聞: 金沢に逆さ狛犬なぜ? 派手好きの利家 影響か、職人のはやり 競い合う、2016年(平成28年)8月30日(火)朝刊.

2016年9月 6日 (火)

初秋の兼六園(金沢市)、徽軫(ことじ)灯籠と虹橋、霞ヶ池、日本最古の噴水、茶室の夕顔亭と瓢池の周辺の風景、とは(2016.9.6)

 昨日、9月5日(月)、気温は24~33℃、朝方は晴れていましたが、台風12号の影響のためか、昼過ぎになると、雨が降り始めました。

 午後1時過ぎ、兼六園を訪ね、久しぶりに、初秋の名園を散策しました。昨年の北陸新幹線の開業で賑わいも増し、台湾、韓国、欧州、中国など、外国人観光客の個人、あるいは団体客が目立ちました。

 そこで、兼六園の観光の定番スポットとして、徽軫(ことじ)灯籠と虹橋、霞ヶ池、日本最古の噴水、茶室の夕顔亭と瓢池の周辺など散策し、しばらく鑑賞した後、その初秋の風景をデジカメに収めました。

〇 兼六園北、正面出入口、桂坂口

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兼六園北、正面出入口桂坂口

〇 徽軫(ことじ)灯籠

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徽軫(ことじ)灯籠と霞ヶ池

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徽軫ことじ)灯籠と虹橋、霞ヶ池、 この灯籠は琴の糸を支える琴柱(ことじ)の形をしていることから、ことじ灯篭と呼ばれている。手前の橋は虹橋。別名を琴橋ともいう。この巧みな意匠が兼六園を象徴している。 

〇 噴水

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噴水(ふんすい)、 この噴水は、霞ヶ池(かすみがいけ)を水源としており水面との落差で、高さ約3.5mにまで吹き上がっている。日本庭園では、大変珍しく、19世紀の中頃につくられた日本最古のものといわれている。

〇 夕顔亭

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竹根手水鉢(たけねちょうずばち)、 この手水鉢は竹の化石のようにみえるため、この名があるが、椰子(やし)類の茎と根の化石で、学術上極めて珍しい。

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夕顔亭(ゆうがおてい)、 1774年(安永3年)に建てられた茶室。袖壁に夕顔(瓢箪の古語)の透彫りがあるので、夕顔亭という。本席は三畳台目(さんじきだいめ)で相伴畳(しょうばんたたみ)を構えた大名茶室。藩政時代は滝見御亭(たきみおちん)とも呼ばれていた。

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瓢池(ひさごいけ)、昔このあたりを連池庭(れんちてい)といい、兼六園発祥の地である。池は瓢箪(ひょうたん)形をしているので後に瓢池と名づけられた。


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〇 兼六園南、一般出入口、真弓坂

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兼六園南、一般出入口、真弓坂、金沢市兼六町(石川県) 2016.9..5

(Link)

〇 兼六園の噴水(10月21日)、日本最古(約170年前)の噴水、導水石管、上の霞ヶ池の水位と連動し、自然の水圧で吹き上がっている、とは(2015.10.27): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/20151027-f1df.html

 

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