● 伝統工芸

2017年11月20日 (月)

からくり人形からロボットへ、田中久重(からくり儀右衛門とも、東芝創業者)、東芝未来科学館(神奈川県)、とは(2017.11.20)

 平和な江戸時代には、武士も庶民も我々が考える以上に遊び、生活を楽しんでいたという。その中から、「からくり」は、人々の遊び心や好奇心を満たす「玩具」として生まれ、そこには、日本の職人特有の創意、工夫、美しさへのこだわりなどが見られる。

 その技術は、茶運び人形、段返り人形、弓曳き童子、文字書き人形など、東芝創業者で、からくり儀右衛門と呼ばれた、(初代)田中久重(たなかひさしげ、1799~1881,久留米、福岡)の作品にも見られ、東芝未来科学館(神奈川県)では展示と実演もある。

 現在では、「からくり人形」は、搬送ロボット(ドリームキャリー)、ロボット掃除機(クリーナー)のほか、ペットロボット(アイボ、ソニー)、二足歩行ロボット(アシモ、ホンダ)、医療介護ロボット(パートナー、トヨタ)など、人々の家事代行、心の癒し、身体機能の改善、補助などを提供する、「ロボット」に姿を変えて、その伝統が受け継がれている。

Photo

茶運び人形茶酌娘」 江戸時代後期、田中久重(からくり儀右衛門とも)東芝未来科学館( 神奈川県)

 茶酌娘(ちゃしゃくむすめ)は、移動・停止する距離(3mぐらいまで)、運ぶ茶碗の数を自由に調整できる。そして、客の前に来たら止まり、最後の茶碗が戻った段階で再び動きだし、回転して元の位置に戻るというように、一連の動作をする。あたかも人形が自分の意志で動いたり止まったりしているように見える。

Photo_2

茶運び人形、実演、東芝未来科学館(神奈川県)、YouTube(早坂房次): https://youtu.be/9k2f__Ey9_U

  茶運び人形の構造は西洋から伝わった機械時計を応用しています。皿に茶碗を置くと腕が下がり、腕の動きに連動して歯車のストッパーがはずれて、歯車が回転し始めるしくみ。動力源にはクジラのヒゲ(ゼンマイ!)が使われている。

からくり人形からロボットへ江戸の天才技術者、田中久重(からくり儀右衛門とも)、東芝未来科学館(神奈川県)、YouTube(Jawakajk): https://youtu.be/lS9zmqxFm2M

(Link)

〇 東芝未来科学館(ホームページ、神奈川県):http://toshiba-mirai-kagakukan.jp/

〇 ロボット大国・ニッポンのルーツは「からくり人形」 ~江戸東京博物館「夢大からくり展2007」 : https://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/01/09/322.html

〇 からくり師弁吉、大野弁吉(加賀、石川)、平賀源内(讃岐、香川)、からくり儀右衛門(久留米、福岡)の技術にも匹敵、からくり人形ムービー、大野からくり記念館、とは:(2016.1.21): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-2370.html

 

2016年9月 2日 (金)

文化財、九谷焼(石川県能美市)、能美の九谷焼作家の名作、少女の銅像「陽聲」、陶壁ビッグモニュメント「甦」世紀をこえて、能美市立九谷焼資料館、とは(2016.9.2)

文化財、九谷焼(石川県能美市)、能美の九谷焼作家の名作、、少女の銅像「陽聲」(石川県能美市)、陶壁ビッグモニュメント「甦」世紀をこえて、能美市立九谷焼資料館

P8208546

P8208553

_20160901_3


_20160901_4


_20160901_5



_20160901_3_2
P8208544

P8208545

P8208550

P8208549

P8208548

P8208551

銅像の少女像の腐食(石川県能美市)、九谷焼資料館、正面玄関左側入口横の台座、「陽聲(ようせい)」

P8208557

P8208556

P8208555

P8208554

陶壁ビッグモニュメント、「甦(そ)」、世紀をこえて

  九谷焼は江戸時代前期、加賀の大聖寺九谷村で始まりました。約30年続いたのち一度廃窯しますが、江戸時代中期に再興され、数多くの窯が素晴らしい技術を競い合いました。

 特に、古九谷(九谷、大聖寺、石川)は、有田(有田、肥前、佐賀)、姫谷(福山、備後、広島)と共に、近世(江戸時代)初期、日本の三大色絵磁器として、その大胆な図柄、流麗な筆致、深みのある色調で、広く海外にまで知られています。  

 その要因として、九谷焼に使われる土の原石は、流紋岩の風化物で、主成分は二酸化ケイ素(約74%)、酸化アルミニウム(約17%)ですが、鉄の含有量が比較的に高いので、やや青味がかり、白い素地ができず、この悪い素地をカバーするために、九谷焼の基本であり命までと言われる上絵が発達しました。

 明治時代に入ると盛んに輸出されるようになり、九谷焼の名は世界に広まりました。現代の九谷焼は、各時代の作風が源流となっていますが、新しい様式も数多く生まれています。

 九谷焼は五彩といわれる着画採色(上絵付)が特徴的ですが、繊細な意匠にも目を見張るのがあります。九谷焼資料館では、その代表的なものを常設展示しています。なお、写真撮影は禁止ということで、この画像の4作品は、展示されていた九谷焼の名作のパンフレットをスキャンしたものです。  

 先月8月20日(土)、平成28年度夏季企画展 能美の文化財~今、ふりかえる能美の歴史~を観覧するため、会場の能美市九谷焼資料館を訪れました。 一階の特別展示室には、過去の名作にみる九谷焼の巨匠、能美の九谷焼作家たち、白山曼荼羅図の複製展示と「白山」の風景写真「白山の四季」の展示などがあり、久しぶり、じっくりと名作を鑑賞しました。 

 また、九谷焼資料館の正面玄関左側入口横、銅像の少女像、「陽聲(ようせい)」の大気汚染が原因と考えられる腐食が目立っていたので、地元の作家の名作とはいえ、この痛ましい姿の少女像の展示と保存に、ご配慮をお願いしておきました。なお、南の方に観られた、陶壁ビッグモニュメント「甦(そ)」世紀をこえて は、目を見張る巨大な作品で、しばし見惚れました。

(Link) 

〇 九谷焼(石川)にまつわる歴史技法、古九谷(江戸前期)、色絵磁器(陶土、呉須、九谷五彩)、再興九谷(江戸後期)、とは(2009.12.7): http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/2009127-0cb7.html

 

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト
無料ブログはココログ

にほんブログ村

  • 歴史散歩とサイエンス(続)